金沢駅からも徒歩圏内(10分ほど)にある武蔵町、デパート・金沢エムザの裏通りは「武蔵スタジオ通り」と呼ばれています。(名前の由来は不明)
花壇の花に心和む~
その並びには、「近代バイオテクノロジーの父」と呼ばれた高峰譲吉の「住居跡」の石碑が設置されています。
大手町にも「旧邸跡」の石柱が建っているので不思議に思って調べたところ、こちらの住居跡は幕末〜明治5年(1872年)まで高峰家があった場所で、旧邸跡は引っ越した場所。
金沢城公園の黒門前にある緑地に、旧邸の一部が移築されています。
石川県で生まれ育った者にとっては、高峰譲吉はタカジアスターゼやアドレナリンという名前とともにインプットされています。
高峰譲吉と言えば、「近代日本医学の父」と呼ばれる北里柴三郎とのつながりは?
調べてみると、北里博士が高峰の一つ年上で、二人とも、当時の世界最大の製薬会社パーク・デイヴィス社の研究顧問を務めた間柄だったそうです。
さらに、野口英世(高峰の22歳下)とは、1904年に会議出席のために渡米した北里が、野口に高峰を紹介したのが出会いのきっかけとのこと。
日本が世界に誇る科学者三人がつながった!
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